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イスラエルの反戦運動   

最近、世界が注目しているガザ問題。
イスラエル政府の強硬姿勢だけが報道されていますが、イスラエル国内では大規模な反戦運動が起こっているそうです。

以下、グシュ・シャロームのウェブページより、同デモの記事の邦訳です。
〔邦訳: 岡真理/TUP; 凡例: (原注) [訳注]〕
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2009年1月3日 (土)
テルアビブで大規模反戦デモ

エフド・バラク[イスラエル国防大臣]がガザに対する残虐な地上
攻撃を軍に命令していたその頃、テルアビブでは、イスラエル
全土から駆けつけた、戦争に反対するおよそ一万人の人々が、
一大デモ行進を行った。テルアビブの幹線道路のひとつである
イブン・グヴィロル通りの 4車線すべてデモの人々で埋め尽く
された。参加者は、ラビン広場からシネマテックまで2キロの
道のりをずっと歌を歌い、旗を振りながら行進した。

「選挙戦は子どもたちの死体の上でするものじゃない!」参加者
はヘブライ語で韻を踏みながら叫ぶ。「孤児や未亡人は選挙宣伝
の道具じゃない!」「オルメルト、リヴニ、バラク! 戦争は
ゲームじゃない!」「全閣僚が戦争犯罪者だ!」「バラク、バラク、
心配するな――ハーグ[国際刑事裁判所]で会おう!」「もうたく
さんだ――ハマースと話し合え!」

プラカードの文句も似たようなものだった。バラクの選挙スロー
ガンをもじったものもあった。たとえば「バラクに愛想がないの
は、殺人者ゆえ!」(バラクのスローガンの原文は「バラクに愛想
がないのは、指導者ゆえ!」)。こんなのもある「2009年『選挙』
戦争に反対!」「6議席戦争!」。これは、戦争初日の世論調査で、
バラク率いる労働党が 6議席獲得の見込みと出たことに当てつけ
ている。

このデモ実施の前には、警察との衝突があった。警察は、右翼の
暴徒がデモ隊を攻撃するのを抑えることができないからと言って、
デモを禁じるか、少なくとも制限しようとしたのだった。なかで
も、警察はデモの組織者たちに、参加者がパレスチナの旗を掲げ
るのを禁じるよう求めてきた。組織者たちは高等裁判所に請願し、
結果、裁判所は、パレスチナの旗を合法と判断し、警察にデモ隊
を暴徒から守るよう命じた。

デモの実施は、グシュ・シャロームと、平和のための女性連合、
壁に反対するアナーキスト、ハダシュ、オルターナティヴ情報
センター、ニュー・プロファイルなど 21の平和団体が決定した。
メレツとピース・ナウは公式には参加していないが、同団体の
多くのメンバーがデモにやってきた。[イスラエル]北部からは
約1000人のアラブ系市民が 20台のバスを連ねて到着した。
サクニーンで行われたアラブ系国民主体の一大デモを終えて
すぐその足で来たものだ。

組織者たちにとっても、これだけの数の参加者があったことは
驚きだった。「第二次レバノン戦争開始の 1週間後、私たちが
反戦デモの動員に成功したのは 1000人だけだった。今日、1万人
の人々が参加したという事実は、戦争への反対が今回ははるかに
強いことの証だ。もしバラクが自分の計画を続けるなら、世論は
数日で全面的に戦争反対に転じるかもしれない。」

グシュ・シャロームの巨大な旗にはヘブライ語とアラビア語と
英語で次のように書かれていた「殺すのを止めろ! 封鎖を止めろ!
占領を止めろ!」。これらデモのスローガンは、封鎖の解除と
即時停戦を求めるものだ。

この抗議行動の日、極右は力ずくでデモを粉砕するために動員を
かけた。警察は暴動の阻止に極力、努め、ラビン広場からシネマ
テック広場までの 1マイルの行進は比較的平穏に運んだ。しかし、
参加者が警察との合意に基づき解散し始めたとき、右翼の一大
群集が彼らを攻撃し始めたのだった。警察は、それまでは両陣営
を近づけさせないようにしていたのだが、その場から姿を消した。
暴徒はこのあと、デモ隊の最後尾の参加者たちを取り囲み、嫌が
らせをし、小突き回した挙句、デモ参加者たちの最後の何人かが
シネマテックの建物に逃げ込むと、建物を包囲した。暴徒は建物
の内部に押し入ろうとし、 デモ参加者を「片付けてやる」と
脅したが、ぎりぎりになって何人かの警官が到着し、入り口を
守った。暴徒たちは長いこと、その場を立ち去らなかった。

このような状況のため、行進の最後に予定されていた市民集会を
開くことは不可能となった。スピーチもなされなかった。以下は、
グシュ・シャロームを代表してウリ・アヴネリがするはずだった
スピーチの英訳である。


私たちは
裏切り者だといわれる。
私たちは
イスラエルを破壊する者だといわれる。
私たちは
犯罪者だといわれる。

しかし私たちは言い返そう、
犯罪者とは
この犯罪的で無益な戦争を
始めた者たちだと!

無益な戦争、
なぜなら政府が
150万の
ガザ住民に対する
封鎖をやめさえすれば
カッサーム・ロケットを止めることは
できたのだから。

犯罪的な戦争、
なぜなら、なによりもまず、
これは公然にして恥知らずにも
エフド・バラクとツィピ・リヴニの
選挙戦の一部だから。

エフド・バラクを告発する。
国会の議席数をふやすために
イスラエル国防軍の兵士を利用したかどで。

ツィピ・リヴニを告発する。
自分が首相に
なるために
殺し合いを奨励したかどで。

エフド・オルメルトを告発する。
悲惨な戦争を利用して
腐敗と汚職とを
糊塗しようとしたかどで。

ここにいる
勇気と分別ある聴衆を代表して
この演台から
私は彼らに要求する。
今すぐ戦争をやめよ!
無益に私たちの兵士そして市民の
血を流すのをやめよ!
ガザの住民の
血を流すのをやめよ!

地上部隊の侵攻によって
もたらされるは
さらなる惨事、
大虐殺の応酬、
そしてなにより
おぞましい戦争犯罪!

この戦争の後
どの将軍も
戦争犯罪のかどで
逮捕される恐怖を抱かず
欧州の地に
足を踏み入れることはできまい。
他に方法はないと
私たちは言い聞かせられている。
それは違う!!!
今でさえ、そう、まさにこの瞬間にも、
停戦は可能なのだ。
わたしたちが殺人的な封鎖を
解除することに同意するならば、
わたしたちがガザの人々が尊厳をもって
生きることを認めるならば、
わたしたちがハマースと対話するならば。

南部の人々、
スデロット、
アシュドッド、 ビールシェバの人々よ、
聞いてほしい。
私たちとてあなたがたの苦しみは分かる ――
ともに住んでいるわけではなくても、
よく分かっている。
でもこの戦争が
あなたがたの状況を変えはしないということもまた
私たちは知っている。
政治家連中はあなたがたを食いものにしている。
政治家連中はあなたがたに乗じて
戦争を行なっている。
あなたがたも分かっているでしょう!

オルメルト、バラク、リヴニに
要求する。
兵士をガザに送るな!
お前たち 3人とも、戦争犯罪人として告発されるだろう!
お前たち 3人とも、この代償を払うことになるだろう!

今、お前たちに敬礼している
イスラエルの大衆は
明日はお前たちを罰するだろう。
それが第二次レバノン戦争で
起こったこと。
それが今度もまた
起こるだろう!

そしてここに立っているみなさん、
老いも若きも
男も女も
ユダヤ人もアラブ人も、
この身の毛のよだつ戦争に
最初の日から、
最初の瞬間から、
孤立し毒づかれながらも、
抗議の声をあげたみなさん ――
みなさんこそが真の英雄です!

誇りに思ってください、
心から。
みなさんはヒステリーと無知の嵐の只中にいて
吹き飛ばされることもなく
しっかと立っているのだから!
家庭のなかだけでなく、
ここ街頭においても、
皆さんは正気を保っています!

世界中の何百万の人々がみなさんを見ていて、
敬意を表しています。
みなさん一人ひとりに。

一人の人間として、
一人のイスラエル人として、
一人の平和を求める者として、
わたしは今日
ここにいることを誇りに思います。


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原文: "MASSIVE DEMONSTRATION AGAINST THE WAR" (Saturday 03/01/09)
平和人権団体 Gush Shalom のウェブページ上の英文声明
URI: http://zope.gush-shalom.org/home/en/events/1231029668
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# by fwge1820 | 2009-01-19 07:34 | その他

森田人権学、テイクオフ!   

東京工業大学で、今年秋学期に私が担当する「ノンプロフィット国際人権論」のシラバスです。

ノンプロフィット国際人権論

担当:森田明彦(社会理工学研究科社会工学専攻特任教授)
【開講学期】後学期(奇数年)
【単位数】  2-0-0
【担当教員】森田明彦特任教授
【連絡先】森田明彦特任教授 E-mail: fwge1820@nifty.com
携帯 090-9856-5782
【講義のねらい】
前ハーバード大学カー人権政策研究所長(現カナダ自由党副党首)のマイケル・イグナティエフが指摘したように、第二次世界大戦後、人権という理念・規範が世界的に普及した背景には国際人権NGOによる活発なアドボカシー活動がある。今日、人権規範は「権利に基づくアプローチ」を通じて開発協力の世界でも重要な活動指針となっている。20世紀後半は正に「権利革命」の時代であったのだ。この講義では、NGO、NPOの活動原理である「人権」理念が如何に生まれ、発展してきたのかを歴史的に振り返ると同時に、人権を巡る課題を地球環境問題との関連や人身売買、武力紛争下の人権侵害等を通じて具体的に考えてみることとしたい。

【講義計画】
第1回 子どもの権利を巡る世界的動き
第2回 「人身売買」問題
フィリピンとカンボジアでのリサーチワークショップの結果を中心に
第3回環境と人権
地球環境問題と人権
第4回 武力紛争と人権
子どもの兵士問題を中心に
第5回 人権理念の歴史(1)
近代西欧社会における人権理念の誕生と発達
Charles Taylor, Hegel, Cambridge University Press, 1977
C.Taylor, Sources of the Self, Harvard University Press, 1989
C.Taylor, A Secular Age, Belknap Pr, 2007
第6回 人権理念の歴史(2)
近代西欧社会における人権理念の誕生と発達
Charles Taylor, Hegel, Cambridge University Press, 1977
C.Taylor, Sources of the Self, Harvard University Press, 1989
C.Taylor, A Secular Age, Belknap Pr, 2007
第7回 人権理念の歴史(3)
近代西欧社会における人権理念の誕生と発達
Charles Taylor, Hegel, Cambridge University Press, 1977
C.Taylor, Sources of the Self, Harvard University Press, 1989
C.Taylor, A Secular Age, Belknap Pr, 2007
第8回 人権の制度(1)
人権保障制度の概要
第9回 人権制度(2)
子どもの権利委員会を巡る動き:日本政府報告書を中心に
第10回 人権の今日的課題
アジア的価値と人権
Charles Taylor, Conditions of an Unforced Consensus on Human Rights in J.R.Bauer & Daniel A. Bell eds., The East Asian Challenge for Human Rights, Cambridge University Press, 1999
第11回 人権の今日的課題
他国への介入と人権:イラク戦争
Michael Ignatieff, The Lesser Evil, Edinburgh University Press,2005
第12回 人権の今日的課題
多文化主義と人権
チャールズ・テイラー『マルチカルチュラリズム』を中心に
第13回 人権の今日的課題
ユビキタス社会における人権
Akihiko Morita, Modern social imaginaries and human rights(第23回IVR世界大会での発表原稿)
第14回 人権の今日的課題
現代社会の柔らかい専制と人権
チャールズ・テイラー『『<ほんもの>という倫理』を中心に
第15回 まとめと振り返り

【成績評価】
小レポート40%(毎回の授業の最後にA4で1枚のレポートを書いてもらいます)
授業への参加度 20%
最終レポート  40%(3000字程度のレポートを書いてもらいます)

【テキストなど】
<テキスト>
森田明彦『人権をひらく―チャールズ・テイラーとの対話』(藤原書店、2005年4月)
<参考文献>
森田明彦『表現アートセラピーを応用したリサーチ手法の可能性―人身売買被害者の<ほんもの>の語り』(財団法人アジア女性交流・研究フォーラム、2007年4月)
チャールズ・テイラー、田中智彦『<ほんもの>という倫理』(産業図書、2004年)
チャールズ・テイラー、佐々木毅他訳『マルチカルチュラリズム』(岩波書店、2002年)
チャールズ・テイラー、渡辺義雄訳『ヘーゲルと近代社会』(岩波書店、2000年)
中野剛充『テイラーのコミュニタリアニズム』(勁草書房、2007年)
マイケル・イグナティエフ、エイミー・ガットマン編、添谷育志・金田耕一訳『人権の政治学』(風行社、2006年)
Akihiko Morita, Charles Taylor, 『社学研論集』第10号(早稲田大学大学院社会科学研究科、2007年)
Charles Taylor, Hegel, Cambridge University Press, 1977
C.Taylor, Sources of the Self: The Making of the Modern Identity, Harvard University Press, 1989
C.Taylor, Modern Social Imaginaries, Duke University Press, 2005
C.Taylor, A Secular Age, Belknap Press, 2007
J.R.Bauer & Daniel A. Bell eds., The East Asian Challenge for Human Rights, Cambridge University Press, 1999
Michael Ignatieff, The Lesser Evil, Edinburgh University Press, 2005

【オフィスアワー】

【教員から一言】
人権とは如何なる意味で普遍的なのだろうか?
わたしは、多文化の下での人権の普遍性を検討する際、既存の文化を前提として、現行の人権思想との整合性を議論することは二重の意味で過ちであると考えている。第一に、人権思想自体が、西欧近代社会において成立した歴史的産物であり、西欧社会の文化的偏向を反映しており、これをそのまま受容しようとすることは、個人の基本的平等から導かれる各個人の属する文化、民族、国家間の基本的平等という人権思想の内在的原則に反している。第二に、それぞれの文化の内容は所与のものではなく、その内容を決める権利は個人にあるという人権思想のもう一つの原則である個人の自律性を無視している。つまり、ある文化の下で人権という思想は定着し得るか、という問いには現在の人権思想自体と当該文化に対する批判的吟味が伴っていなければならない。
わたしは、国際人権という理念は、各々の文化において異なった基礎付け、原理的根拠を見出すべきであると考えている。そのためには、(1)現在の人権思想のどの部分がその誕生の地である西欧社会の文化的偏向を反映した特殊西欧的なものであるかを明らかにするという社会思想史的分析、(2)特殊西洋的な部分を取り外した人権思想はどのようなものとなり得るのかという哲学的検討、(3)人権という新しい思想を受け入れるために、特定の文化にとっていかなる変容が求められるのかという文明論的検討という三つの作業が不可欠である。
そのために私が取り上げたのが「権利主体としての自己」という観念である。テイラーによれば、近代における道徳世界が、それ以前の文明と決定的に異なっているのは、権利の内容ではなく、権利の形式である。すなわち、近代以前において、ひとは「法の下にある(I am under law)」と考えられていたのに対して、近代以降、権利とはその所有者が(権利を)実現するために、それに基づいて行動すべき、あるいは行動することができる「主体的権利」と考えられるようになったのである。中世の身分制社会から解放された個人は、自らの望むところにしたがって自らの人生を発展させる権利を、「法」によって与えられたのではなく、自らに帰属するものと考える「権利の主体」となった。
「権利の主体としての近代的自己」は、自由で民主的な共同体に「位置づけられた存在」として、他者との対話と承認を通じて自らの個性を発展させるために、そのような生き方を可能とする自由主義体制を維持、発展させる社会的責務を自ら担う「主権者としての人」となったのである。

# by fwge1820 | 2008-03-21 23:10 | 東京工業大学

2008年度学部授業の開講に向けて   

2008年4月8日より開講される東洋大学学部2年生向けの「現代社会福祉特別講義IV」のシラバスはこんな感じです。

【科目名】 
現代社会福祉特別講義IV

【テーマ・サブタイトル】(全角100文字まで)
子どもの権利から見た現代世界の課題とその歴史的背景について

【講義の目的・内容、到達目標】(全角1000文字まで)
我々が今日暮らす「近代社会(modern society)」には特有の道徳秩序が存在している。人権理念は、この近代道徳秩序の精華であると同時に表象でもある。
この講義では、現代社会の具体的な人権の課題を取り上げつつ、それぞれの課題を分析するために必要な人権理念の基本的なパラダイム(権利主体としての自己観)を身に付けることを目的とする。
子どもの兵士、子どもの人身売買など世界各地で続く深刻な子どもの権利侵害は何故起きるのか?その解決のために「人権」という理念は有効なのか?
この講義では、現代の世界的課題である経済格差、地球環境問題、武力紛争について、子どもの兵士、子どもの人身売買などの具体的な事例に即して考えるための基礎的な知識を教授する。
また、これらの課題を解決するための規範としての人権がどのように生まれ、発展してきたか、を概観するための思想史的な基礎知識を教授する。
その上で、受講者による討議とレポート作成を通じて、基本的な分析・表現能力の向上を図る。

【講義スケジュール】(全角1000文字まで)
第1回 子どもの権利を巡る最近の動き
ニーズに基づくアプローチから権利基盤アプローチへの移行
第2回 「人身売買」問題に関する講義
フィリピンとカンボジアでのリサーチワークショップの結果を中心に
第3回 「環境と人権」に関する講義
環境難民について
第4回 「武力紛争と人権」に関する講義
子どもの兵士問題を中心に
第5回 「人権」の歴史に関する講義(1)+学生との討議
近代社会における「権利主体としての自己」の誕生:チャールズ・テイラー『自己の諸
源泉』を中心に
第6回 「人権」の歴史に関する講義(2)+学生との討議
現代社会の課題:チャールズ・テイラー『<ほんもの>という倫理』を中心に
第7回 「人権」の制度に関する講義(1)+学生との討議
子どもの権利委員会について:日本政府報告書を巡る動き
第8回 「人権」に制度に関する講義(2)+学生との討議
人権保障制度の概略
第9回 「人権」の今日的課題に関する講義(1)+学生との討議
アジア的価値と人権
第10回 「人権」の今日的課題に関する講義(2)+学生との討議
他国への軍事介入と人権:イラク戦争
第11回 「人権」の今日的課題に関する講義(3)+学生との討議
多文化主義と人権:チャールズ・テイラー『マルチカルチュラリズム』を中心に
第12回 「人権」の今日的課題に関する講義(4)+学生との討議
ユビキタス社会の人権
第13回 まとめと振り返り

【指導方法】(全角1000文字まで)
毎回、基本的な知識に関する講義を行った上で、受講者による討議を行い、毎回授業の最後に全員から小レポート(A4で1枚)を作成・提出してもらう。
受講者は具体的な人権の課題を選択し、同課題に関するレポート(3000字前後)を作成、提出する。

【成績評価の方法・基準】(全角600文字まで)
小レポート 40%
授業への参加度 30%
最終レポート 30%

【テキスト】(全角600文字まで)
森田明彦『人権をひらく―チャールズ・テイラーとの対話』(藤原書店、2005年4月)

【参考書】(全角600文字まで)
森田明彦『表現アートセラピーを応用したリサーチ手法の可能性―人身売買被害者の<ほんもの>の語り』(財団法人アジア女性交流・研究フォーラム、2007年)
チャールズ・テイラー、田中智彦訳『<ほんもの>という倫理』(産業図書、2004年)
チャールズ・テイラー、佐々木毅他訳『マルチカルチュラリズム』(岩波書店、2002年)
チャールズ・テイラー、渡辺義雄訳『ヘーゲルと近代社会』(岩波書店、2000年)
また、各講義に関連する参考資料(英文を含む)リストは、講義の初日に配布する。

# by fwge1820 | 2008-03-20 08:19 | 東洋大学

2007年度開講にあたって   

今年もいよいよ、東洋大学大学院社会学研究科&福祉社会デザイン研究科の講義が始まる。
今年の「国際社会福祉問題論」のサブタイトルは「体験から考える自分らしく生きる権利」。

【講義の目的、内容】
1945年以来、私たちは基本的人権の尊重、国民主権、そして平和主義を原則とする憲法の下で生きてきました。
けれども、個人の尊厳に基づく基本的人権の尊重という考え方は本当に私たちの生活世界の哲学として根付いたでしょうか?
「権利ばかり教えるから、自己主張の強い子どもに育つのだ」
こんな批判をどこかで聴いたことはありませんか?
この講義では、近代社会に生まれた「人権という思想」を、具体的な事例に基づき、根源的に考えるという試みに挑戦します。
わたしは、財団法人日本ユニセフ協会広報室長として、イラク、スーダン、東チモール、カンボジア、モルドバ等で起きている人権侵害の実情を見てきました。
自分が生き残るために人を殺したスーダンの元子どもの兵士。
生まれたばかりの赤ん坊の治療費のために上の娘を売ったカンボジアの母親。
戦争のために学校に行けなくなったイラクの子ども。
フィリピン人の元エンターテイナーと日本人の間に生まれた子ども。
一方、一見豊かに見える日本社会の中にも様々な問題があります。
子どもの頃に原爆で全ての家族を失った日本人の女性。
肉親から性的虐待を受けて子どもたち。
両親の争い、離婚によって深い心の傷を負った子どもたち。
このような問題に対して、「人権という思想」はどのような解決策を提示することが出来るのでしょうか?
この講義では、近現代人権の歴史的、思想的背景まで遡って、思想としての人権の可能性を考えていきたいと思います。

【講義スケジュール】
1回 子どもの権利を巡る世界的な流れについて講義します。
2回 わたしが2005年より取り組んできた研究調査プロジェクト「表現アートセラピーを応用したリサーチ手法―人身売買被害者の〈ほんもの〉の語り」に基づいて、フィリピン、カンボジアを中心とする人身売買の実状と世界の取組について講義します。
3回-8回
報告者を決めて 『人権をひらく―チャールズ・テイラーとの対話』(藤原書店、2005年)を読んでいきます。「人権」という考え方が近代西欧社会において如何に誕生したのか、そして、この考え方はどんな特徴を持っていて、現在、どのような問題に直面しているのか、を具体的事例に基づき考えていきます。
9回―15回
受講者の実体験を踏まえた報告と、参加者による討論、私の補足説明によって講義を進めたいと思います。

【参考資料】
ルードルフ・フォン・イェーリンング『権利のための闘争』(岩波文庫)
マイケル・イグナティエフ『人権の政治学』(風行社、2006年)
チャールズ・テイラー『ヘーゲルと近代社会』(岩波書店、2000年)
チャールズ・テイラー『マルチカルチュラリズム』(岩波書店、2002年)
チャールズ・テイラー『〈ほんもの〉という倫理』(産業図書、2004年)
森田ゆり『エンパワメントと人権』(解放出版社、2002年)
小熊英二『〈癒し〉のナショナリズム』((慶應義塾大学出版会、2004年)
大久保真紀『プンとミーチャのものがたり―こどもの権利を買わないで』(自由国民社、2000年)

【テキスト】
森田明彦『人権をひらく―チャールズ・テイラーとの対話』(藤原書店、2005年)

# by fwge1820 | 2007-04-02 21:05 | 東洋大学

アマルティア・センの理論   

アマルテイィア・セン(Amartya Sen)
1933年生まれの経済学・哲学者で、社会的選択の理論、厚生経済学、開発経済学、所得分配、公共的選択および哲学の分野で多大の研究を発表している 。

機能(functioning)と潜在能力(capability)
個人の福祉(well-being)=生活の良さ
生活=相互に関連した「機能」の集合
機能=ある状態になったり、何かをすること
潜在能力=ひとが行うことが出来る様々な「機能」の集合=様々な生活を送る個人の自由を反映した機能のベクトルの集合=個人の福祉に直接価値のある機能を達成する自由を反映したもの
→個人の主体的自由を個人の福祉の度合を評価する際に明示的に考慮できる出来る理論的枠組

エイジェンシー理論
センは、人が自分自身の福祉(well-being)以外の価値や目的を持つ存在であり、これを「(人の)エイジェンシーとしての側面」と呼び、「福祉の側面」と区別し、一人の人をいずれかの側面に限定してしまうことは出来ないとする 。
「エイジェンシーとしての達成」とは、その人が追求する理由のある価値や目的を実現することであり、必ずしもその人自身の福祉と直接結びついているものではない。
「エイジェンシーとしての達成」は、さらに「実現されたエイジェンシーの成功(realized agency success)」と「手段としてのエイジェンシーの成功(instrumental agency success)」に区別することができる。前者は、エイジェンシーとして有する価値や目的の実現を指し、その人が、その実現にいかなる役割を果たしたか、とは関係がない。後者は、逆に、その実現にあたって、その個人がいかなる役割を果たしか、ということ自体を問題とする。例えば、母国の独立または飢餓の除去について、これらの目的が実現された場合、前者の意味での成功と評価し得る。一方、「手段としてのエイジェンシーの成功」と評価し得るか否かは、その人がいかなる役割を果たしたか、に拠る。
この二つの「成功」の区別は、「自由」の観念と深く関係している。ここで、センは、「コントロールとしての自由」と「有効な自由」を区別する。「コントロールの自由」とは、「手段としてのエイジェンシーの成功」にのみ関係する。つまり、ある目的を実現するために、その人自身が積極的な役割を果たすということを可能とするのが「コントロールの自由」であり、この場合、「実現された成功」という、もっと広い観点から見た「有効な自由」は問題とはならない。例えば、校正者が作者の校正刷りをチェックする場合、校正者が作者の意図の範囲内で校正作業を行っている限り、作者の「コントロールの自由」は限定されても、「有効な自由」は損なわれてはいないのである。
つまり、センは、エイジェンシーを個人が重要と考える目標や価値を実現する能力と考えて、その能力と自由の関連性を論じているのである。
センのエイジェンシー論は、目標や価値を持ち、その実現を目指す存在としての人の側面に焦点を当てたものなのである。

【参考文献】
アマルティア・セン、鈴村興太郎訳『福祉の経済学』(岩波書店、1998年)
Amartya Sen, Inequality Reexamined, Oxford University Press, 1992. 池本幸生・野上裕生・佐藤仁訳『不平等の再検討』(岩波書店、1999年)

# by fwge1820 | 2006-05-20 10:16 | 東洋大学