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本年度最初の講義(案)―「人権工学」とは何か?   

人権工学(Human Rights Engineering)とは何か?

 私たちが生きる現代日本は「近代社会」と呼ばれています。
 近代社会とは、巨大な工業力、ぼうだいな交通通信網、完備した行政機構、教育制度、高い平均年齢、ひくい死亡率、発達した学問、芸術などを特徴とする社会です(梅棹忠夫『文明の生態史観』中公文庫、1983年)。

 この「近代社会」は、特定の集団的社会意識、いわゆる「社会像(social imaginaries)」によって支えられています(Charles Taylor, Modern Social Imaginares ,Duke University Press, 2004)。
 テイラーによれば、「社会像」とは、「社会理論」よりも広い概念で、第一にある社会に生きる普通の人々が自らの「社会的環境(social surroundings)」をどのように想像しているか、に焦点を合わせた用語であり、第二に「社会理論」が一般に少数の人々によって共有されているものであるのに対して、「社会像」は必ずしも社会全体ではないが、より多くの人々によって共有されたものであり、第三に、「社会像」は共通の慣習、広範囲に共有された正当性の感覚を可能とする共通理解です。

 わたしは、「近代社会」を支える「近代社会像」の基層理念は「権利主体としての自己」であると考えています。
 テイラーは、「近代」を「自己(self)」を理解する基本的なカテゴリーの革命と捉える近代史観を提起しました(C. Taylor, Hegel, Cambridge University Press, 1975)。
 すなわち、近代以前の自己が宇宙的秩序との関係で自らを規定していたのに対して、近代的自己とは自己規定的(self-defining)であるとするのが、テイラーの洞察なのです。
 一方、テイラーは「近代」と「前近代」の違いを、法の様式の観点から捉えます。
テイラーによれば、近代以前にも個人の生命に対する普遍的で自然的な権利という観念は存在しましたが、17世紀の自然法理論は、生命や自由に対する権利が何らかの「法の下」にあるものとする従来の考え方を、権利の所有者がその権利を実効的なものとするために行動すべき、そして行動し得る何かという主体的権利の観念へと転換しました。
 生命や自由への権利は、近代社会以前には外部から与えられるものであったのに対して、近代の主体的権利の観念の下では、権利を実現する役割は当人に与えられることとなったのです。17世紀の自然法理論は、権利言語を普遍的な倫理的規範を表現する手段として使用することを通じて、この主体的権利に普遍的規範性を賦与しました(C. Taylor, Source of the Self: The Making of the Modern Identity, Harvard University Press, 1989)。
 この権利主体としての近代的自己像は、テイラーが上げた3つの近代社会像と密接に結びついています。神聖な宇宙的および社会的秩序から解放された(disengaged)自由な主体に対応して、自由な個人の同意によって形成される社会、つまり、固有の権利の保持者(bearers of individual rights)である権利主体によって構成される社会という社会像が誕生したのです。
 すなわち、生産手段をまったく所有しない古代の奴隷や、不完全にしか所有しない中世の農奴に対して、「近代」の賃労働者は自分自身の労働力を自由市場に登場させて他の商品と優劣を競うことが出来る「その人身の唯一の所有者」となりました。
 身分制社会から自立した個人は、人身の自由、所有権の確立(経済的自由と平等)を基礎とし、個人が自由に議論し、相互の合意に基いてある社会制度を選択する精神的自由(思想・表現の自由)を持つ、権利の主体となったのです(樋口陽一『比較憲法』(青林堂、2000年)。

 人権工学は、従来、分子生物学がDNAという単位に基づいて構成されるように、権利主体としての自己という基層概念に基づいて構成される新しい学問です。
 また、人権という性格上、単なる実証科学ではなく、具体的な応用方法も研究対象とします。これが、この学問体系を人権主体論ないし人権思想とは呼ばずに、「人権工学」と名付けた大きな理由です。
 特に、近年、脳科学、認知科学、言語哲学等の隣接学問の急速な発展により、「自己」という意識のあり方は自然科学の用語、方法論で記述することが可能になってきています。
 人権工学は、近代社会が生み出した「近代人権」という信念体系をより科学的な基礎に基づいて再構築し、その具体的な応用方法を考えることを目的とする学問です。

 この人権工学は、近年のグローバル化も研究の対象とします。
 ITを中心とする巨大な技術革新が引き起こした経済のグローバル化は日本を含む各国経済に大きな変容を迫っています。この歴史的な構造変化について学ぶことは、21世紀を生きる私たちにとって必須の課題です。
 このグローバル化は国民国家を主要な構成員とする従来の国際社会秩序に大きな変容を迫っています。
 「わたしたちのニーズを満たしてくれる経済は地球規模となったにもかかわらず、これらのニーズの速度と発展とコントロールしようとする政治体はいまだ国家規模にとどまっている」現代社会、いわゆる「近代後期社会」において、どのような「社会道徳」が可能なのかは、私たちが現在直面する最も大きな課題の一つです(M・イグナティエフ、添谷育志・金田耕一訳『ニーズ・オブ・ストレンジャーズ』風行社、1999年)。

 人権工学は、近代社会を権利主体としての自己を基本単位とするシステムとして把握するという観点から近年のグローバル化を巡る課題(IT倫理学など)を検討すると同時に、人権の基本である人権感覚を養成するために様々な参加型手法(トランセンド法、プレイバック、サイコドラマ、ITを活用した多文化共生教育等)を活用した参加型人権教育プログラムの実験を進めます。その際には、自己という意識を巡る近年の隣接科学の知見、技術を全面的に活用していきます。

by fwge1820 | 2006-04-01 09:17 | 東洋大学

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