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yossie from Tsukuba   

ヨッシーさんは、筑波大学の学生さんです。
若者たちの適職、天職探しを支援するNGOキャリナビつながりで、知り合いになりました。
エネルギッシュで、自分の生き方を真剣に探している様子を見ていると、わたしも元気になれます。
また、yossieさんのブログは、とっても深い内容を、自然な表現で分かり易く書いていて、わたしも今年の大学の入学式の後にあった父兄説明会で一部を紹介したのですが、とっても好評でした。

yossieさんの「ささいな感情を大切に」も、生きていく上でとっても大切なことを、さり気ない文章で表した、心に残るエッセイです。
自分の思いを表現することで、逆に自分のことが分かるようになるというのは、実に鋭い観察だと思います。
人間が生きるということは、自分だけにしかない固有の価値を発見し、実現することなわけですが、この自己実現というのは、実は意外に深く、難しいものなのですよね。
わたしが勉強している現代カナダの哲学者、チャールズ・テイラーも同じようなことを書いています。
近代以前の人間が、自分の価値を社会における立場とか人間を超えた宇宙的秩序の中における自分の位置に基づくものと考えていたのに対して、近代以降の人間は、自らの価値を固有の表現を通じて明らかにする自己規定的(self-defining)な自己となったというのが、テイラーの表現主義的人間観の核心です。
テイラーは、自己というものは、様々な表現を通じて明晰化されていると語っています。
その表現手段のなかには、言葉とか踊りとか、唄、身体表現などが含まれるわけです。

yossieさんが、どんな「自己」を掘り当てるのか、わたしも楽しみにしてます。
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by fwge1820 | 2005-06-12 09:28 | わたしの仲間たち

核のない平和な世界を子どもたちへ   

ユースワークショップ in NAGASAKI - 長崎の祈り、核のない平和な世界を子どもたちへ
参加者募集中!

日時:8月4日(木)&5日(金)
会場:長崎原爆資料館平和学習室(4日&5日 10:00-18:00) ワークショップ
   長崎原爆資料館記念ホール (5日 18:30-20:30)発表会

宿泊所:長崎市立日吉青年の家(長崎市飯香浦町3715)
参加費:2000円(宿泊費、4日夕食、5日朝食&昼食代を含む)
主催:長崎ウエスレヤン大学森田明彦研究室
参加者資格&人数:50名(12歳以上、25歳未満)

【応募方法】
氏名、年齢、性別、学校名と学年、連絡先(住所と電話番号、もしあればe-mail address)を明記の上、このワークショップで学んでみたいことを800字以内で書いて、7月18日までに郵送、ファックスまたは電子メールにてお送りください。選考の上、7月22日までに参加の可否をお知らせします。
申し込み先長崎ウエスレヤン大学森田明彦研究室 〒854-0081 長崎県諫早市栄田町1057、Fax/0957‐26-2063、E-mail/morita@nwjc.ac.jp

【ボランティアも募集しています!】
このユース・ワークショップの準備と当日の運営を手伝ってくれる人も募集しています。関心のある方は、上記申し込み先までご連絡ください。

【このワークショップが目指すもの】
演劇は、ひとの悲しみ、喜び、そして思いを生み出し、伝える営みそのものです。
ひとは、自分を表現することを通じて、〈ほんもの〉の自分を発見するのです。
この夏、核のない平和な世界の実現を演劇を通じて訴えるユース・ワークショップを長崎において、8月4日(木)、5日(金)、一泊二日の日程で開催します。
このワークショップには世界有数の演劇教育の専門家であるアーニー・クロマ氏がファシリテーターとして参加してくれます。
演劇について全くの素人の方でも、無理なく、自分を表現する手段を学べます。
12歳以上、25歳未満の子ども&若者なら誰でも参加できます。
今年の夏は、〈ほんもの〉の自分と、〈ほんもの)の自分探しが可能な〈ほんもの)の世界について考えてみませんか?

【アーニー・クロマ氏】
世界有数の演劇ワークショップ・ファシリテーター。PETA(フィリピン教育演劇協会)所属。これまで、スモーキーマウンテンの子どもたち、ストリートチルドレン、レイプされた少女、戦争で親を目の前で殺された子ども、捕まり兵士とされた子どもたちなど、悲惨な経験から立ち直る子どもたちのワークショップを数多く行なってきた。2001年の「第二回子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議(横浜会議)」にも、子ども&若者プログラムのファシリテーターとして参加、子どもと若者たちが演劇を通じて自分たちの思い、意見を発表するための演劇技法の指導を行った。

【フィリピン教育演劇協会(PETA)】
PETA(フィリピン教育演劇協会)は,1967年にフィリピンにおいて創立された民間の演劇団体です。これまでに300以上のオリジナル作品を創作しフィリピン語での上演活動を行うと同時に、子供・学生・教師・女性・農民・NGO等を対象として劇作りのワークショップを行っている。
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by fwge1820 | 2005-06-12 08:31 | 長崎ユースワークショップ

Tommyさんへ ブログの意味?   

人間が生きるということは<ほんもの>の自分を自分らしい自己表現の方法を通じて少しずつ明らかにしていくことなのだろうと思います。
しかし、チャールズ・テイラーのようなコミュニタリアンが明らかにしたように、そもそも自分あるいはヒトというものは、孤立しては存在し得ないのです。
「自己」という感覚自体が、近代に生み出された歴史特殊的な自己理解の形式です。
そして、そのような自己理解は、何らかの共同体の中でのみ可能なのです。
たった一人で本を読んだり、考えているときでも、ヒトは孤立していたり、他の人々との関係から遮断された「孤立した自己」であることは出来ません。
近代社会は、自立した自己という自己理解の形式を生み出しましたが、この自己は実は特定の共同体でのみ生存し、発達していくことが出来るのです。
共同体に位置づけられていなければ、そもそも他者とは異なった独自な存在としての「自己」という感覚は存在しないのです。
この事をビジュアル化したのが、ブログのもたらした意味だとわたしは思っています。

もちろん、ここで言う共同体とは、戦前の隣組とか戦後のカイシャのような、身分制、階層性の伝統的社会を指しているのではありません。
現代日本に生きる個人は、様々な集団に、様々なレベルで関わることによって生きています。
特定集団ないし組織が、その個人の信念や生き方を歪めたり、否定することは出来ないというのが、民主主義を標榜する現代日本社会の基本的ルールです。
そういう基本的な出入りの自由を前提とした多様な共同体への参画こそ、現代的(近代的)自己の「あり方」であり、そのような「あり方」無しには、「近代的自己」という自己理解の形式は存在し得ないのです。
ブログは、この他者との関係性の中に位置づけられた表現する存在としての「自己」をビジュアル化したために、これだけ普及したのだとわたしは思っています。
この辺りの議論は、拙著『人権をひらく』(藤原書店)の第4章「言語論的転回と人権の根拠」および第7章「子どもと人権」に書きました。
ご一読いただければ幸いです。
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by fwge1820 | 2005-06-08 07:32 | わたしの仲間たち