カテゴリ:東京工業大学( 2 )   

東京工業大学大学院:2009年度講義のシラバスです   

昨年4月に異動した東工大社会理工学研究科社会工学専攻で、今年は通年の講義をやらせてもらえることになりました。
わたしは、2005年から大学教員の道に転身したわけだけど、通年の講義を担当するのは、実は今回が初めて。
これまでは、半期15コマ(90分間x15回)という講義ばっかりだったので、一年間を通じて、一つのテーマでシラバスを書いてみるといのは実は初体験。
しかも、今回は一般の大学院生を対象とした講義なので、社会人大学院生とは違った工夫が要るのではないかという気もする。
何はともあれ、今後、長い教員生活を送るわけなので、何事も早めに経験したほうが良いことは事実。

ということで、2009年度の講義、始めたいと思います。

【科目名】
社会工学特論

【講義計画】 (全28回)
前期は国際社会における伝統的なプレイヤーである政府(近代国民国家)、政府間機関(国連・世銀など)、後期は新たなプレイヤーであるNPO/NGO(社会起業家を含む)を基本的に取り上げます。
その際に、世銀とかアジア開発銀行という、一見遠い存在に見える組織も、実際に仕事をしている人たちの自分史を前面に出して解説していくと、意外に身近な組織に見えてくるということを踏まえて、それぞれの組織で働く人々に対するインタビュー映像を活用した講義を試みます。
さらに、それぞれのセクター、組織の特徴を歴史的(制度および理念の両面)に明らかにするようなリサーチ結果を加え、現代世界の制度的な多様性と同時に多元的価値、そして共通する価値観が明らかになるような講義を目指したいと思います。
<前期>「グローバルソサエティの誕生と発展」
第1回introduction
第2回 「近代」の多様性
第3回 近代人権理念の発展の歴史
第4回 ネイションステートの成立と国際機関の誕生
第5回 国際専門機関(国際連合児童基金と『国連子どもの権利条約』)
第6回 国連開発計画と『人間開発報告書』
第7回 国際人権と国際刑事裁判所、各人権委員会
第8回 GATT体制とWTO
第9回 WTOとFTA(日本の外国人受入政策との関係)
第10回 現代ヨーロッパ社会の形成とEC
第11回 EUの現状と課題(外国人労働者受入政策を例に取り上げる)
第12回 ブレトンウッズ体制の形成
第13回 国際的金融機関(世界銀行、アジア開発銀行)
第14回 G8、ダボス経済フォーラムと世界社会フォーラム
<後期>「グローバルソサエティーの新たな様相」
第15回 国連とNGOの協働(UNFCCCとNGO:コペンハーゲンCOP15に向けた取り組み)
第16回 国連とNGOの協働(子どもの兵士問題)
第17回 国連とNGOの協働(国連人権理事会とNGO)
第18回 人権委員会とNGOの協働(人身売買問題)
第19回 人権委員会とNGOの協働(国連子どもの権利委員会と日本)
第20回 企業とNGOの協働(子どもの性的搾取に対する取り組み:Code of Conduct)
第21回 企業とNGOの協働(環境問題)
第22回 政府とNGOの協働(子どもの権利:第二回子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議)
第23回 政府とNGOの協働(開発協力:セーブザチルドレン)
第24回 世界銀行、アジア開発銀行とNGOの協働
第25回 G8とNGOの協働(洞爺湖サミットと、その後)
第26回 地方自治体とNGOの協働(生物多様性条約COP10:名古屋)
第27回 地方自治体とNGOの協働(Child Friendly City Initiative)
第28回 まとめ

【成績評価】
小レポート30%(毎回の授業の最後にA4で1枚のレポートを書いてもらいます)
授業への参加度 40%
最終レポート  30%(3000字程度のレポートを書いてもらいます)

【テキストなど】
森田明彦『人権思想をひらく-チャールズ・テイラーとの対話』(藤原書店、2005年)
<参考文献>
E・H・カー『危機の20年:1919-1939年』岩波文庫(岩波書店、1996年)
ルドルフ・フォン・イェーリング『権利のための闘争』岩波文庫(岩波書店、1982年)
岡崎久彦『国家と情報―日本の外交戦略を求めて』(文藝春秋、1980年)
チャールズ・テイラー、田中智彦訳『<ほんもの>という倫理』(産業図書、2004年)
チャールズ・テイラー、佐々木毅他訳『マルチカルチュラリズム』(岩波書店、2002年)
マイケル・イグナティエフ、エイミー・ガットマン編、添谷育志・金田耕一訳『人権の政治学』(風行社、2006年)

【教員から一言】
外務省における私の大先輩で、日本における戦略論の草分け的存在である岡崎久彦さんは、今後10年間の世界の動きを予測するには、過去100年間の歴史を学ぶことが必要であると言われました。
今日の私達にとってもっとも重要なテーマの一つは、グローバリズムと呼ばれる現象がどのようにして生まれ、発展してきたのかを学び、どこへ向おうとしているのか、あるいは何処へ向うべきなのかを深く考えてみることだろうと思います。
この講義では、国際社会のプレイヤーである政府、政府間機関、NGO/NPOの具体的な事例に基づき、この課題を歴史的な視点から考える力を醸成することを目指したいと思います。

【教員プロフィール:森田明彦】
東北大学文学部(西洋史専攻)卒。博士(学術)。専門は社会思想、社会学。
外務省、国連開発計画、財団法人日本ユニセフ協会(広報室長)等を経て現職。
2001年12月に横浜で開催された第2回子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議子ども&若者プログラム責任者。洞爺湖サミットに向けて結成されたG8サミットNGOフォーラム環境ユニット・サブリーダー(2008年9月よりユニットリーダー)。
著書『人権をひらく―チャールズ・テイラーとの対話』(藤原書店、2005年4月)、『表現アートセラピーを応用したリサーチ手法の可能性―人身売買被害者の 「〈ほんもの〉の語り」』(財団法人アジア女性交流・研究フォーラム、2007年3月)。論文“Charles Taylor”、”Ubiquitous society and human rights”他多数。
[PR]

by fwge1820 | 2009-03-14 07:39 | 東京工業大学

森田人権学、テイクオフ!   

東京工業大学で、今年秋学期に私が担当する「ノンプロフィット国際人権論」のシラバスです。

ノンプロフィット国際人権論

担当:森田明彦(社会理工学研究科社会工学専攻特任教授)
【開講学期】後学期(奇数年)
【単位数】  2-0-0
【担当教員】森田明彦特任教授
【連絡先】森田明彦特任教授 E-mail: fwge1820@nifty.com
携帯 090-9856-5782
【講義のねらい】
前ハーバード大学カー人権政策研究所長(現カナダ自由党副党首)のマイケル・イグナティエフが指摘したように、第二次世界大戦後、人権という理念・規範が世界的に普及した背景には国際人権NGOによる活発なアドボカシー活動がある。今日、人権規範は「権利に基づくアプローチ」を通じて開発協力の世界でも重要な活動指針となっている。20世紀後半は正に「権利革命」の時代であったのだ。この講義では、NGO、NPOの活動原理である「人権」理念が如何に生まれ、発展してきたのかを歴史的に振り返ると同時に、人権を巡る課題を地球環境問題との関連や人身売買、武力紛争下の人権侵害等を通じて具体的に考えてみることとしたい。

【講義計画】
第1回 子どもの権利を巡る世界的動き
第2回 「人身売買」問題
フィリピンとカンボジアでのリサーチワークショップの結果を中心に
第3回環境と人権
地球環境問題と人権
第4回 武力紛争と人権
子どもの兵士問題を中心に
第5回 人権理念の歴史(1)
近代西欧社会における人権理念の誕生と発達
Charles Taylor, Hegel, Cambridge University Press, 1977
C.Taylor, Sources of the Self, Harvard University Press, 1989
C.Taylor, A Secular Age, Belknap Pr, 2007
第6回 人権理念の歴史(2)
近代西欧社会における人権理念の誕生と発達
Charles Taylor, Hegel, Cambridge University Press, 1977
C.Taylor, Sources of the Self, Harvard University Press, 1989
C.Taylor, A Secular Age, Belknap Pr, 2007
第7回 人権理念の歴史(3)
近代西欧社会における人権理念の誕生と発達
Charles Taylor, Hegel, Cambridge University Press, 1977
C.Taylor, Sources of the Self, Harvard University Press, 1989
C.Taylor, A Secular Age, Belknap Pr, 2007
第8回 人権の制度(1)
人権保障制度の概要
第9回 人権制度(2)
子どもの権利委員会を巡る動き:日本政府報告書を中心に
第10回 人権の今日的課題
アジア的価値と人権
Charles Taylor, Conditions of an Unforced Consensus on Human Rights in J.R.Bauer & Daniel A. Bell eds., The East Asian Challenge for Human Rights, Cambridge University Press, 1999
第11回 人権の今日的課題
他国への介入と人権:イラク戦争
Michael Ignatieff, The Lesser Evil, Edinburgh University Press,2005
第12回 人権の今日的課題
多文化主義と人権
チャールズ・テイラー『マルチカルチュラリズム』を中心に
第13回 人権の今日的課題
ユビキタス社会における人権
Akihiko Morita, Modern social imaginaries and human rights(第23回IVR世界大会での発表原稿)
第14回 人権の今日的課題
現代社会の柔らかい専制と人権
チャールズ・テイラー『『<ほんもの>という倫理』を中心に
第15回 まとめと振り返り

【成績評価】
小レポート40%(毎回の授業の最後にA4で1枚のレポートを書いてもらいます)
授業への参加度 20%
最終レポート  40%(3000字程度のレポートを書いてもらいます)

【テキストなど】
<テキスト>
森田明彦『人権をひらく―チャールズ・テイラーとの対話』(藤原書店、2005年4月)
<参考文献>
森田明彦『表現アートセラピーを応用したリサーチ手法の可能性―人身売買被害者の<ほんもの>の語り』(財団法人アジア女性交流・研究フォーラム、2007年4月)
チャールズ・テイラー、田中智彦『<ほんもの>という倫理』(産業図書、2004年)
チャールズ・テイラー、佐々木毅他訳『マルチカルチュラリズム』(岩波書店、2002年)
チャールズ・テイラー、渡辺義雄訳『ヘーゲルと近代社会』(岩波書店、2000年)
中野剛充『テイラーのコミュニタリアニズム』(勁草書房、2007年)
マイケル・イグナティエフ、エイミー・ガットマン編、添谷育志・金田耕一訳『人権の政治学』(風行社、2006年)
Akihiko Morita, Charles Taylor, 『社学研論集』第10号(早稲田大学大学院社会科学研究科、2007年)
Charles Taylor, Hegel, Cambridge University Press, 1977
C.Taylor, Sources of the Self: The Making of the Modern Identity, Harvard University Press, 1989
C.Taylor, Modern Social Imaginaries, Duke University Press, 2005
C.Taylor, A Secular Age, Belknap Press, 2007
J.R.Bauer & Daniel A. Bell eds., The East Asian Challenge for Human Rights, Cambridge University Press, 1999
Michael Ignatieff, The Lesser Evil, Edinburgh University Press, 2005

【オフィスアワー】

【教員から一言】
人権とは如何なる意味で普遍的なのだろうか?
わたしは、多文化の下での人権の普遍性を検討する際、既存の文化を前提として、現行の人権思想との整合性を議論することは二重の意味で過ちであると考えている。第一に、人権思想自体が、西欧近代社会において成立した歴史的産物であり、西欧社会の文化的偏向を反映しており、これをそのまま受容しようとすることは、個人の基本的平等から導かれる各個人の属する文化、民族、国家間の基本的平等という人権思想の内在的原則に反している。第二に、それぞれの文化の内容は所与のものではなく、その内容を決める権利は個人にあるという人権思想のもう一つの原則である個人の自律性を無視している。つまり、ある文化の下で人権という思想は定着し得るか、という問いには現在の人権思想自体と当該文化に対する批判的吟味が伴っていなければならない。
わたしは、国際人権という理念は、各々の文化において異なった基礎付け、原理的根拠を見出すべきであると考えている。そのためには、(1)現在の人権思想のどの部分がその誕生の地である西欧社会の文化的偏向を反映した特殊西欧的なものであるかを明らかにするという社会思想史的分析、(2)特殊西洋的な部分を取り外した人権思想はどのようなものとなり得るのかという哲学的検討、(3)人権という新しい思想を受け入れるために、特定の文化にとっていかなる変容が求められるのかという文明論的検討という三つの作業が不可欠である。
そのために私が取り上げたのが「権利主体としての自己」という観念である。テイラーによれば、近代における道徳世界が、それ以前の文明と決定的に異なっているのは、権利の内容ではなく、権利の形式である。すなわち、近代以前において、ひとは「法の下にある(I am under law)」と考えられていたのに対して、近代以降、権利とはその所有者が(権利を)実現するために、それに基づいて行動すべき、あるいは行動することができる「主体的権利」と考えられるようになったのである。中世の身分制社会から解放された個人は、自らの望むところにしたがって自らの人生を発展させる権利を、「法」によって与えられたのではなく、自らに帰属するものと考える「権利の主体」となった。
「権利の主体としての近代的自己」は、自由で民主的な共同体に「位置づけられた存在」として、他者との対話と承認を通じて自らの個性を発展させるために、そのような生き方を可能とする自由主義体制を維持、発展させる社会的責務を自ら担う「主権者としての人」となったのである。
[PR]

by fwge1820 | 2008-03-21 23:10 | 東京工業大学