2005年 04月 30日 ( 2 )   

なみこのフィリピン   

横浜会議の若者代表だった奈美子さんが、先日フィリピンから帰国した。

あの会議は、自分にとっても大きな転機だったという気がする。あの時に学んだこと、心に刻まれたことが、そのあと、何年も経って自分の生き方に反映されている気がする。

もう一回、あんな風に子どもたち、若者たちと熱く語ってみたいなぁ、っていう思いが、実は今回の転職の最大の原動力だったと思うのだ。
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by fwge1820 | 2005-04-30 16:15 | わたしの仲間たち

tommyのコスモポリタニズムについて   

横浜会議に子ども代表として参加したtommyのコスモポリタニズムに関する論考について、ちょっとわたしもコメントすることにしました。

ついでに、トラックバックという機能も試してみることに・・・。

それでは行きます!

コスモポリタニズムについては、現代人権問題の第一人者であるマイケル・イグナティエフが言及しています。
わたしの本『人権をひらく』第一章に書いたことですが、イグナティエフは、現代の援助活動家、記者、戦争犯罪法廷の法律家、人権問題国連監視団員など、「どんなに遠く離れていようと他の人々の問題は自分たちみんなにとって重要だという漠然とした道義的理想」のために働く人々の増加に象徴される人権思想の国際的な普及を「権利革命」(Rights Revolution)と呼び、一九八九年の冷戦終結後、人類は初めて「すべての個人には権利があり、平等に扱われるべきである」というリベラリズムというフィクションの実現に真に取り組むことを余儀なくされているのである、と主張しています。
イグナティエフによれば、リベラルな理想は四〇〇年前からありましたが、すべての人間を対象とする平等の権利に基づく政治体制を樹立するという実験が始ったのは一九四五年以降のことに過ぎず、しかも一九八九年まで自由主義社会は外敵の存在から多大の社会的結合力を得ていたのです。
イグナティエフは、一九八九年以降の世界を、リベラリズムが真の挑戦を受けている時代であると捉えています。
この普遍的なリベラリズムの実現を目指す考え方こそ、コスモポリタンの思想なのだとわたしは考えています。
そして、tommyさんが指摘されているように、一見根本的に見えて、実は人々の心を突き動かすものではない、このコスモポリタニズム=全ての人間は尊厳と権利において平等であるという思想こそ、絶対的貧困や武力紛争の下で基本的人権を奪われ、外部からの支援に自らの生存を委ねている人々が唯一依拠できる普遍的理念なのです。
人間というのは、その本性からすれば、自己の正当性のみを主張し、私利だけを追求し、異質な者を排除しようとする傾向があります。
この私的欲望は、一方で近代社会をより豊かで平等は社会とする原動力となってきました。
しかし、アダム・スミスの「見えざる手」が必ずしも社会の予定調和を実現するように機能しないことが分かった現代(近代後期)社会において、わたしたちは、私利追求の欲望と「公益」のバランスを如何にとっていくか、という問題に直面しているのです。
コスモポリタニズムは、国際社会における個人の生き方であると同時に、地球共同体の倫理としての側面を持っているとわたしは考えています。
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by fwge1820 | 2005-04-30 16:04 | わたしの仲間たち