続・続コスモポリタニズム   

コスモポリタニストが平和を求めるのは何故なのか?

たいへん鋭い問題意識だと思います。

昨日、東洋大学の大学院で「子どもの兵士」について講義をしました。
内戦が続くアフリカなどの国において、自分たちの村や町が戦場になってしまった結果、日常生活を支える価値観(争いは話し合いで解決する、とか子どもや老人は大切にする)が失われてしまったことが、「子どもの兵士」が生まれた大きな原因の一つであるという話をしました。
暴力によって何かを支配したり壊すよりも、幸せな家庭を作ったり、毎日の仕事に精勤するほうが価値のある生き方であるという考え方は、昔から全ての人に受け入れられてきた考え方ではありません。
「日常生活の肯定」というのは、近代になって初めて社会の支配的な価値観、倫理になったのです。
そして、9・11の経験を通じて、少なくとも米国の一部の人たちは、「この価値観を守り、米国国民の安全を保障するには、米国一国の安全だけを考えていては駄目だ、世界中を自由で民主的な社会に作り変える必要がある」と考えるようになりました。
米国政府がイラクへの武力攻撃を決定したとき、米国の良心的な知識人の大半は反対しました。
これに対して、当時米国で活動していた亡命イラク人たちは、「米国によるイラクへの軍事行動によってイラクが民主的な国になる可能性が1%でもあるのであれば、武力介入をすべきであると」と主張したそうです。
米国の知識人はこの主張に対して回答できなかったそうです。
これに対して、拙著『人権をひらく』でも紹介しているハーバード大学人権政策カー研究所の所長でもあるマイケル・イグナティエフは、「混乱から秩序を構築するために必要な力と意志と提供すべく、一時的な帝国による支配が正当化される」という理由で、米国のイラクに対する武力行使を容認したのです。(『人権をひらく』二四頁)
しかし、その後のイラク国内における事態の推移は、人道目的の軍事介入に対しては慎重であるべきだという、これまでの人類の経験を再確認する結果になっているように思います。
しかし、そのことは、米国の意図が間違っていたということではありません。
ウエスレヤン大学の女子学生が、ある日、わたしを訪ねて、平和について質問してきました。その話し合いの最後の頃、その女子学生はイラク戦争に対する日本政府の対応を批判して、「人から言われてやらさせれているだけのように見える」「日本の政策には自立性がない」と批判しました。
わたしは、「そういう自立性のない政府を選んでいるのは、日本国民なのだ」と話したのです。
自分の国を自分の力で守るということすら放棄して、米国の軍事力の下で安逸な平和を貪っている日本人に、自らの国民の命を犠牲にして、平和という理念の実現に努めている米国の政策を批判する資格はないのではないか?
日本のわたしたちは、平和=紛争のない状態と単純に考えていますが、実は平和にはいくつか種類があり、日本が現在享受している平和というのは、<ほんもの>の平和ではないのではないか、と思うのです。
昔、ヘブライ語で平和を意味するシャロームという言葉は、単に平安な状態という意味ではなく、エネルギーが場に満ち満ちている様子のことなのだ、と教わったことを思い出しました。
日本が戦後享受してきたと考える平和とは、その意味では、単なる安逸に過ぎなかったのであり、<ほんもの>の平和はなかったのではないか、と現代に生きる我々ははっきり断言すべきなのかも知れません。
そして、日本社会に現在巣食っている積極的な平和実現への意図や努力に対するシニカルな見方は、実は安逸を貪り、自立心を失った現代の日本人の心情を単に反映しただけのものなのかも知れません。
但し、イラク戦争において米国の介入を求めた当時の亡命イラク人たちは、実は自分たちがフセインに代わってイラクの支配権を獲得したいという欲望を「イラクにおける自由と民主主義の実現」という美辞麗句で正当化しただけであったことは、やはり、その後の経緯が証明しました。
イグナティエフは、「偶像と政治としての人権」という言葉を使いましたが、人権とは、まさに単なる綺麗事ではなく、厳しい国際政治の中で活用、悪用、誤用される中で生き残ってきた普遍的理念なのですね。
少し話しがそれたかも知れませんが、コスモポリタニストが平和を求めるのは、それが彼らが平和に世界の至る所で生きるための前提条件だからだという面もあるとわたしは思います。
世界中が平和で民主的な社会に転換しない限り、自分が住む社会の平和も保障されないという、厳しい現実認識が、その背景にはあるわけです。
米国の軍事力の傘の中から現実世界を眺めている日本人には、なかなか、この現実認識を浸透させるのは難しそうですよね。
Tommyさんは、どう思われますか?
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by fwge1820 | 2005-05-22 08:25 | わたしの仲間たち

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