北明美「児童手当制度におけるジェンダー問題」大沢真理編『福祉国家とジェンダー』明石書店(2000年)   

1. はじめに
日本における児童手当制度 (1971年成立)の特徴
① 世界の最低レベルにある
1995年当時の児童手当給付額/GDP
日本 0.03%
イタリア(ヨーロッパ主要国の中で最低) 0.35%
児童手当を支給される児童の比率
日本 1.6%
諸外国 20%以上
②男性世帯主中心
 児童手当の受給者  
日本 父親(かつ、父親の所得水準によって受給資格の有無が決まる)
欧米諸国 母親に受給の優先権がある

2. 日本の児童手当の変遷とその特徴
日本の児童手当制度の変遷
① 児童手当の額
1975年以降、1991年の改正まで引き上げがなかった。
 1985年改正:手当が第二子にも支給されるようになったが、支給額は第三子の半額(2500
円)
 1991年改正後:第一子 5000円
第二子 5000円
第三子以降 10000円
② 支給期間
当初:義務教育終了まで
1985年改正:小学校入学前まで
1991年改正:3歳未満児に限る
現在:6歳到達後最初の3月31日までの間にある児童(義務教育就学前の児童)
③ 支給児童数と給付総額の頭打ちおよび減少の傾向

日本の児童手当制度の特色
【受給者が父親】
① 受給者が母親:北欧および英語圏
② 一家の主な稼ぎ手(主に父親):大陸ヨーロッパ諸国
 但し、父親から母親へと受給権者は移行する傾向にある
③ 日本:父親が受給権者
1968年12月中央児童福祉審議会児童手当部会「児童手当制度に関する報告」
(但し、1964年10月中間報告「児童手当制度について」では、児童自身を受給権者とする考えを提示していた)
1971年児童手当法も、同じ方針
【受給者に関する所得制限】
① 主な生計維持者(主に父親)の所得が限度額を下回ると、手当は支給されない=父親の所得が限度額を上回る場合には、母親の所得が限度額を下回っていたとしても手当は支給されない。
② 所得制限限度額は扶養家族数が多いほど引き上げられる=専業主婦の妻を持つ夫のほうが共働きの夫より有利になる
③ 主な生計維持者が被用者の場合には、より高い限度額が適用される。

3. 諸外国における児童手当・家族手当政策の展開
【1960年代まで】
① 大陸ヨーロッパ(フランスやベルギー):企業が自営業者の拠出金を財源とし、受給権者も雇用者である男性労働者である父親が主である。
② ニュージーランドやオーストラリア:国の一般財源の税収に基づき、早い段階から母親が受給権者となっていった。
③ 英国(1945年成立の児童手当制度):ⓐ一般財源に基づくとともに所得制限を廃した、ⓑ母親を基本的な受給権者とした(エリナ・ラズボーン等の戦前のフェミニストたちの働きかけによるもの)、ⓒ就労している母親にも、専業主婦の母親にも同様な受給権が保障された
④ スウェーデン:ⓐ一般財源&所得制限なし、ⓑ母親が基本的受給権者、ⓒ第一子から支給
【1960年代末から70年代以降】
① フランス:1970年代末に2つの重大な変更 ⓐ専業主婦の妻を扶養する賃金労働者と自営業者に支給される「単一賃金手当」「主婦手当」は1977年に撤廃、ⓑ家族手当の基本的受給権者が母親へ転換
② オランダ:ⓐ1980年代に一般財源方式へ転換(女性の労働市場への進出に伴ったもの)、ⓑ1970年代末に児童扶養控除は廃止
③ 英国:ⓐ第一子への支給拡大と手当額の改善(1975年の児童給付法の成立による)、ⓑ所得税の児童扶養控除が段階的に廃止→子ども二人の場合の総給付額(1975年以前:約3%、1980年:10%)
④ スウェーデン:ⓐ1971年以降、児童手当の引き上げが進められる、ⓑ児童手当の増額(1974-75年のハガ協定による政府のインフレ対策への協力の代償、付加価値税引上等に対する補償)

4. 日本における児童手当の創設と社会運動
日本では、児童手当構想に対する労働運動や女性運動の支持は弱く、むしろ強い警戒や否定的な反応が少なくなかった。
① 児童手当構想を通じて年功賃金から職務・職能給への意向を進めようとする政府・財界の意向への警戒
② 母親に育児専念を奨励する手段として児童手当構想が位置付けられていた(優生思想や人口妊娠中絶の抑制等を内容とする人口政策と表裏一体のもの)
(1) 児童手当と労働運動
政府サイドの構想:年功賃金制度を後退させ労働力を流動化する政策と児童手当を結びつけた
1960年12月国民所得倍増計画
1963年1月14日経済審議会「人的能力に関する答申」
1963年4月厚生省児童局『児童福祉白書』
1964年中央児童福祉審議会児童手当部会「児童手当制度について」
1968年児童手当懇談会「児童手当制度に関する報告」

労働組合(特に総評系)の要求:年功賃金制度の当面維持&最低賃金制度の拡充&「家族手当法」 → 家族手当制度要求の運動は本格化しなかった(労働運動の大勢が家族賃金の社会的確立を目指していたため、児童手当・家族手当は、家族賃金の確立を促進し補完するものと位置付けられていたため)
→ 児童手当の実現には消極的:「児童手当の導入は賃金を引き下げる恐れがある」
1971年11月の日経連の方針(児童手当の実施状況に合わせて企業の家族手当を整理する)に対して、家族手当とくに配偶者手当の増額要求を求めた。
実態:1961年以降、家族手当の支給事業所割合も手当額も増加の傾向にあった。
① 日本の企業にとって、自身が支給する家族手当は有利な賃金節約手段であった。
② 家族手当の主な受給層である中高年労働者の昇給抑制に対する不満対策として有効であった。
③ 労働組合が容認し、自ら要求した。= 低経済成長期を迎え基本給での大幅賃上げが困難になった代わりに家族手当等の増額を求めた
(2) 児童手当と女性運動
① 女性労働者:性的分業の強化に対する反対から、児童手当に対して警戒。
  ↔  政府サイド:母親に在宅で育児に専念させるための児童手当制度を目指した
    労働組合:妻の扶養のための手当(家族手当)の立法化を要求(女性労働者は、
女性を家庭に戻そうとするものとして反対。1960年代末以降、総評が
児童手当法構想の支持に回ったあとも、消極的。)
主婦を中心とする市民運動:家族手当法を要求。児童手当の立法化も支持。

家事・育児労働の経済的評価が夫の賃上げないし家族賃金の実現と同一視され、児童手当、家族手当もその延長線上にあるものと認識されている。

女性が児童手当制度の独自の推進主体となる道は発見できないままであった。
② 女性運動からの児童手当構想の支持を遠ざけたもう一つの理由:政府の児童手当構想は、優生思想と人工妊娠中絶の管理によって選別されて生れてくる子どもたちを、児童手当等で支えられた性別分業家族のなかで育て上げるという人口政策・家族政策が露骨であった。
③ 女性労働者の新しい動き
ⓐ「産める社会を産みたい社会へ」→ 母子家庭に対する差別を告発しつつ児童扶養手当の充実を求める運動へ(但し、児童手当への関心は総じて薄かった)
ⓑ企業の家族手当は男女賃金差別の一つであるという告発

5. 児童手当制度の展開
②児童手当制度の空洞化
児童手当の財源の大きな部分が児童手当ではなく、企業の事業所内保育所の育成やチャイルド・ビジネスの振興等に用いられた。
(1) 財源問題と所得制限の導入
① 児童手当制度の経緯
1968年児童手当懇談会「児童手当制度に関する報告」
・おもに雇用主の拠出に基づいて所得制限なく被用者にも児童手当を支給する
・自営業者等の非被用者についても、将来手には本人拠出に基づいて同様に支出することが望ましい。
・被用者は経済的に拠出が困難な者も多いため、当面は非被用者に対しては国の税を財源として所得制限を付けることとして、手当の額も定額とする。

1970年9月16日児童手当審議会答申「児童手当制度の大綱について」
・支給対象は第三子から
・国だけでなく地方も財源を負担する
・一定以上の所得の非被用者からも本人拠出の徴収を行う
・非被用者に対する所得制限は行わず、手当額についても被用者と同一とする

自民党社会部会の提案
・非被用者の本人拠出をやめる
・非被用者に対する手当の財源は税のみとする
・被用者についても税の負担分を増やす
・被用者と非被用者のいずれにも所得制限を行う
② 児童手当制度の特徴
・被用者家庭への手当はおもに雇用主の拠出に基づく
・非被用者家庭への手当は税に基づく
・特例給付制度
→企業負担が大幅に低下した
(2) 所得制限の強化と特例給付
① 児童手当の財源(受給者ごとに別個の収支)
民間の被用者:10分の7=企業の事業主拠出金、10分の3=国と地方の税
公務員:雇用主たる所属庁が負担
非被用者:国と地方の税
② 所得制限の強化
当初:被用者と非被用者に対して同じ限度額

1982年特例給付制度:所得制限限度額を超える官民の被用者に児童手当と同じ内容の手当を支給

国と企業の負担軽減
受給資格を喪失する家族の増加
(3) 児童手当制度による児童育成事業と支給期間の短縮
① 児童手当制度による児童育成事業
1978年児童手当法改正:所得限度額の据え置きによる支給率停滞、拠出金余剰の増大に対応するもの。積立金を福祉施設費として企業内保育等の助成等に支出。
1994年児童手当法改正:福祉施設費を児童育成事業と改称、専用拠出金が新設される。(拠出者である企業へのいっそうの利益還元と保育分野への民活活力導入。→ エンゼルプランへ)
③ 児童手当の支給期間を乳幼児期に短縮
1988年中央児童福祉審議会児童手当制度基本問題研究会「児童手当制度基本問題研究会報告書」:児童手当を3歳未満に縮小することを勧告
(4) 児童手当法の2000年度改正と児童年金構想
① 2000年児童手当法改正
・支給期間:3歳未満から小学校入学前までに延長
     財源負担のための年少扶養控除の引き下げにより税負担が重くなり、拡充さ
れた児童手当でも埋め合わせることができなかった
・延長分の財源には企業拠出金は含まれていない。その結果、3歳以上小学校入学前の児童を扶養する手当は被用者・非被用者ともに税のみで賄われるにもかかわらず、非被用者は被用者より低い限度額を適用されている。
② 育児保険&児童年金構想
・15歳以下の児童の保護者に第二子まで月一万円、第三子以降に二万円を支給
・費用の二分の一は国が負担。残りの二分の一は、非被用者は国民年金保険料に上乗せ、被用者は厚生年金保険料や共済組合の掛け金に上乗せされる。(零細事業所の従業員や非正規労働者等不安定な立場の低所得者と失業者を含む非被用者は、もっとも深刻な影響を被ることになる)
・公的な保育所を利用する家庭に対しては手当を支給停止にするか、保育所に対する公費の補助を縮小・廃止し保育料金を引き上げたうえで、料金割引クーポンのみを支給する。(保育園を利用しない専業主婦・夫にのみ育児手当を支給するもの)

6. 結びに代えて
諸外国:手厚い児童手当+育児手当(一定期間育児に専念する親に対して公的保育所の補助金にあたる額を男女を問わず支給する)
日本:児童手当と保育サービスを二者択一的な関係におき、かつ児童手当を在宅育児手当に改変しようとしている

児童手当の受給権を、母親の就労の有無に関わりなく、母親に与えるべき(子どもの平等とジェンダー平等を同時に実現すこととなる)

【北明美論文に対するわたしのコメント】
(1)田端博邦「福祉国家と労働政策」のように、各国ないしグループ毎の特徴が示されていないので、児童手当制度が各国の社会保障制度・政策の中でどのような位置づけにあるのか、分からない。児童手当制度に関して日本が世界の最低レベルにあることの意味を明らかにするためには、各国の社会保障制度の全体像とその中における児童手当制度の位置付けを明らかにする必要があるのではないか?
(2)子どもの権利の視点が欠けているのではないか?
神野直彦・大沢真理「財政と年金制度」が提案するように、「全ての児童に、義務教育期間中、食費と被服費をまかなうことのできる水準(年齢別定額)の児童手当を、親の所得による資格制限なしに普遍的に支給する」児童手当が実現されるとすれば、その受給者は子ども本人であるべきではないか?
「児童手当の受給権を、母親の就労の有無に関わりなく、母親に与えるべき」という北明美の提案では、母親から虐待を受けて、母親の下を逃げ出し、養親の下で生活している子どもは、母親が親権を養親に譲渡しない限り、児童手当を受給することが出来ないのではないか?
「子どもの権利条約」の理念によれば、子どもは全ての権利の主体 であり、それぞれの権利を実現するための経験や知識が十分ではない場合には、それらの経験や知識を得ることを要求する権利があると考えられる。この原則に即して考えると、本来、子どもには衛生な環境の中で健康的な生活を送り、質の高い教育を受ける権利があるのであり、そのための費用を要求する権利は子どもに帰属すると考えることが整合的なのではないか? 
児童手当の受給者を子どもとすることによって、ジェンダー平等と子どもの平等が初めて実現するのではないか?
(3)日本では、児童手当に対する女性労働者の支持が得られなかった理由として、①政府サイドの方針(女性を育児に専念させる)と、②女性側の意識(家事・育児労働の経済的評価が夫の賃上げないし家族賃金の実現と同一視され、児童手当、家族手当もその延長線上にあるものと認識されていた)を挙げているが、分析の視点がやや女性サイドのみに偏っていて、一面的ではないか?

子どもは、親の所有物であり、妻は夫の所有物であるという観念が支配的であることの反映として把握すべきではないか?
つまり、家庭における階層社会的意識の残存こそ、児童手当に対する女性労働者の支持が得られなかった原因であると考えたほうが、より根本的かつ整合的な見方となるのではないか?

現代の日本社会が持っている「近代社会像」が間違っているのではないか?
理念型としての西欧近代社会は、中世身分制社会から解放された平等な自律的な個人が自発的な契約によって形成した水平的社会というものであった。その後、平等な個人のカテゴリーの中に黒人奴隷、女性、障害者、外国人、子どもが含まれるようになっていくと考えるのが、国際人権の一般的理解である。
現代の日本社会が共有する「近代社会像」 には、権利主体としての個人から成る水平的な社会という基本的社会像(イマジナリー)が欠如しているのではないか?

(注1)主体的権利とは、その所有者がその権利を実現するために行動し得る、そして行動すべき何かなのであり、権利という形で定義されたある種の免責を確立し強制する役割が本人に与えられるということである。つまり、主体的権利とは、生命と尊厳に対する尊重を自律性と結びつけたのである。その結果、人々には、自らの個性を自らの望むところにしたがって発展させる自由が保障されたのである。Charles Taylor, Sources of the Self: The Making of the Modern Identity, Harvard University Press, 1989。同署におけるテイラーの主張については、森田明彦『人権をひらく―チャールズ・テイラーとの対話』(藤原書店、2005年4月)を参照。
(注2)「社会像(social imaginaries)」とは、「社会理論」よりも広い概念で、第一にある社会に生きる普通の人々が自らの「社会的環境(social surroundings)」をどのように想像しているか、に焦点を合わせた用語である。第二に、「社会理論」が一般に少数の人々によって共有されているものであるのに対して、「社会像」は必ずしも社会全体ではないが、より多くの人々によって共有されたものである。第三に、「社会像」は共通の慣習、広範囲に共有された正当性の感覚を可能とする共通理解である。Charles Taylor, Modern Social Imaginaries, Duke University Press, 2004を参照。
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by fwge1820 | 2005-04-18 08:14 | 東洋大学

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